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「24時間対応」を売りにした管理会社が、夜間電話を9割減らせた逆説

24時間対応管理品質シグナリング管理運用

中堅管理会社が、競合との差別化のため「24時間365日対応」を打ち出した。社内の電話当番制を整備し、コールセンターと連携し、深夜の問い合わせにも対応できる体制を作った。

初年度は予想通り夜間電話が増えた。2年目もまだ多かった。3年目から、夜間電話が減り始めた。5年目には、24時間対応を始める前の3分の1以下になっていた。

サービスを強化したのに、需要が減った。何が起きていたのか。


シグナリング理論

経済学者マイケル・スペンスが提唱したシグナリング理論がある。「情報の非対称性のある市場で、行動が情報を伝える」というものだ。

入居者と管理会社の関係は、典型的な情報非対称の市場だ。入居者は「管理会社がちゃんと対応してくれるか」を入居前に確認できない。だから不安を抱える。不安が大きいと、些細なことでも夜間に電話する。

「24時間対応」というメッセージは、入居者に対するシグナルになる。「この管理会社は私を放置しない」という安心感を与える。安心感があると、緊急性の低い問題は翌日まで待てるようになる。

結果、夜間電話が減る。


24時間対応を始めた直後の現象

その管理会社は、24時間対応開始から1〜2年、夜間電話が減らないことに焦っていた。「対応コストが増えた割に、入居者の負担行動が変わらない」と感じていた。

実は2年目までは「24時間対応していると気付かれていない」状態だった。入居者は契約時に説明を受けても忘れている。実際に夜間に電話してみて、本当に対応されると分かって初めて信頼する。

信頼が定着するのに時間がかかる。シグナルは即効性がない。

3年目から夜間電話が減り始めたのは、信頼が定着し、「困ったら24時間対応してくれる」と思えるようになったからだ。思えるようになると、些細なことでは電話しなくなる。安心が需要を減らす。


心理学の安心感と緊急性

心理学に「不確実性回避傾向」という概念がある。人間は不確実な状況で不安を感じ、不安を解消する行動を取りたがる。

夜中に水漏れを発見した入居者は、管理会社が対応してくれるか分からない状態で強い不安を感じる。不安を解消するため、すぐに電話する。電話してすぐに繋がるか、明日まで待つかも分からない。だから何度も電話する。

24時間対応が定着した管理会社の入居者は、不確実性が低い。「電話すれば必ず繋がる」「明日対応してもらえる」と分かっている。だから夜中に発見しても、緊急でなければ朝まで待てる。

安心感が、行動を変える。


「対応しない管理会社」の悪循環

逆の現象も起きる。営業時間外は対応しない管理会社は、入居者の不安が解消されない。

「水漏れがある」と気付いた入居者は、管理会社が翌朝まで対応しないと分かっていても、留守電を入れる。「困っていることを伝えておかないと、対応されないかもしれない」と感じる。

留守電を入れた後も、解決しないため再度電話する。早朝にも電話する。営業開始直後にも電話する。1件の問題で、複数の電話とメールが発生する。

24時間対応しない管理会社の方が、対応件数が多くなる逆説が起きる。


サービス品質と需要の関係

経済学の常識では、価格を下げると需要が増える。サービス品質を上げると需要が増える。

でも、不安が需要の源泉になっている市場では、サービス品質を上げると需要が減ることがある。

医療業界でも似た現象がある。救急外来の応答性を上げると、軽症の救急受診が減ることが研究で示されている。「すぐに対応してもらえる」と分かれば、症状が軽いうちに様子を見るようになる。

賃貸管理でも同じだ。応答性が高い管理会社の方が、長期的には電話件数が少ない。


24時間対応を「やった気になっている」管理会社

「24時間対応」を打ち出しても、実態が伴わない管理会社は多い。

  • 電話には出るが、夜間は緊急対応せず「明日対応します」と言うだけ
  • コールセンターが受けるだけで、管理会社の担当者は翌日まで知らない
  • 緊急対応の業者手配ができず、翌日まで放置される

これでは入居者の不安は解消されない。電話が減らないどころか、信頼を失う。

本当の意味で24時間対応するには、夜間の判断権限を持つ担当者・即時手配できる協力業者・対応記録の即時共有が必要だ。仕組みが伴わない「24時間対応」は、サービス品質を上げたシグナルではなく、嘘のシグナルになる。


オーナーへの説明と料金

24時間対応にはコストがかかる。コールセンター費用、緊急対応の業者単価、夜間対応の手当。

このコストをどこから回収するか。管理委託料に含めるか、別途オプション料金にするか、入居者から徴収するか。

物件価格帯と入居者層によって判断が変わる。高家賃帯の物件は24時間対応をプレミアム要素として組み込みやすい。低家賃帯では、夜間対応はオーナー負担にしにくい。

「24時間対応」を売り文句にする以上、コスト構造を社内で整理しておく必要がある。整理せずに始めると、3年後には継続できなくなる。


数字で見る効果

その管理会社の5年間のデータでは、以下の変化があった。

  • 夜間電話件数:3年目から減少開始、5年目で開始時の30%
  • 緊急業者手配件数:5年目で開始時の40%
  • 入居者満足度:「対応が早い」評価が60%→85%に上昇
  • 退去率:24%→18%に低下
  • オーナーからの管理委託継続率:上昇

5年目には、24時間対応の運用コストが、減少した夜間電話のコスト削減と退去率低下による収益増を下回った。投資回収できた。


サービス品質は短期では需要を増やし、長期では需要を減らすことがある。シグナルが定着するまでの忍耐が、経営の差を作る。

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