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砂漠の国では、水漏れを「緊急」と呼ばない

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ドバイやリヤドといった中東の都市では、水漏れはそれほど深刻な事態として扱われない。

正確に言うと、水漏れより「断水」の方が圧倒的に怖い。年間降水量が100mmを下回るような乾燥地帯で育った人間にとって、「水が余って漏れている」状態はせいぜい修理が必要な不具合であって、生存に関わる緊急事態とは切り分けられている。

日本は逆だ。

どこでも水が出て当たり前、という前提で生きている人間にとって、水漏れは「あってはならないこと」として処理される。だから管理会社への連絡は、感情的な温度が最初から高い。

この差は、水の希少性だけが作っているわけではない。「当然のことが当然でなくなった」という感覚の強度は、その人が何を「当然」として育ったかで決まる。そしてその「当然」は、人によって全然違う。

同じ水漏れで、なぜ片方だけ怒られたのか

ある管理会社の話を聞いた。

2棟を並行して管理していて、ほぼ同時期に似たような水漏れが起きた。洗面所の排水まわりからじわじわ水が染み出てくるタイプの、緊急性は高くないが放置もできない、よくある案件。

片方の物件の入居者は、修理が翌日になったにもかかわらず「ありがとうございました」と言って終わった。もう片方は、修理が当日中に完了したのに「対応が遅すぎる」と書面でクレームを入れてきた。

担当者が違ったわけでも、業者の腕が違ったわけでもない。対応にかかった時間はむしろ後者の方が短かった。

違ったのは最初の30分だった。

感謝された方のケース。管理会社のスタッフは電話を受けてすぐ「業者に連絡します。今日中に確認の連絡を入れます」と伝え、2時間後に「明日の午前中に来てもらえることになりました」と折り返した。

クレームになった方のケース。「確認します」と言ったまま、3時間沈黙した。入居者が「どうなりましたか」と再度連絡して初めて動いた。修理自体は当日中に終わったが、「待たされた」という体験だけが残った。

「怒り」はどこで生まれるか

怒りは、出来事の深刻度とは別のところで生まれる。

心理学の研究が示すのは、人間は「悪い結果」よりも「不確実な状態」の方を強くストレスと感じるということだ。結果が分かっていれば、たとえ悪い結果でも心理的には処理できる。でも「何が起きているか分からない」状態は、脳が勝手にシナリオを作り始めて、実際より深刻な状態を想定し始める。

医療の現場ではこれが「待合室問題」として知られている。手術前の患者に対して「あと3時間かかります」と伝えた場合と「もう少しで終わります」と言ったまま5時間待たせた場合を比較すると、前者の方がストレスレベルが低い。同じ「3時間」でも、見通しがあるかどうかで体験が変わる。

「折り返しが来ない2時間」は、入居者の頭の中で「無視されている」「見捨てられた」という解釈に変換されていた。2時間という時間ではなく、その2時間に何も情報がなかったことが問題だった。

期待値はどこから来るか

「当然の対応」という感覚は、文化や経験によって形成される。

前に住んでいた物件で管理会社の対応が早かった人は、それを基準にする。親が自主管理の大家だった人は、直接話せて当然と思っている。賃貸の経験が少ない人は、よく分からないまま「早く何とかしてほしい」という漠然とした不安を抱えている。

管理会社側には「このくらいの水漏れなら翌日でいい」という判断基準があって、それは専門的には正しい。緊急性の低い案件を深夜に無理に動かしても、作業品質が下がるし、業者の負担も増える。翌日の日中に対応する方が、あらゆる意味で合理的だ。

でも入居者側の期待値がそこにない場合、正しい判断が「怠慢」として受け取られる。

砂漠の国から来た人と日本で育った人が同じ建物に住んでいれば、水漏れへの反応は当然違う。もっと言えば、同じ日本人でも、育ちや経験によって期待値は全然違う。高級マンションに住んでいた経験のある人は、低価格帯の物件に移っても「高いサービス」を基準にし続けることがある。

「クレームになるかどうか」を決めるのは、事象の深刻度じゃなくて期待値とのズレ。これを理解しているかどうかで、同じ対応が全く違う結果になる。

期待値の「設定」は最初にできる

ここで重要になるのが、入居開始時のコミュニケーションだ。

「緊急の場合はこの番号に。平日日中の問い合わせはこちら。修繕依頼は原則、翌営業日以降の対応となります」という情報を入居前に丁寧に伝えておくことで、入居者の期待値は事前に調整できる。

航空会社は遅延が発生したとき、できるだけ早く「〇〇分の遅延が見込まれます」とアナウンスする。実際の遅延時間よりも、アナウンスが早いほど乗客の不満が下がることが知られている。管理会社の初動連絡も同じで、「すぐには動けないが、状況は把握している」という情報を出すだけで、入居者の心理状態は変わる。

クレームの多い管理会社と少ない管理会社を比べると、対応速度よりも「初動で何を伝えているか」に差があることが多い。受付後30分以内に「確認中である旨」を伝えているかどうか。これだけで、その後の展開が変わる。

「怠慢」と「見えない努力」の問題

もう一つ厄介なのは、管理会社が実際に動いていても、それが入居者に見えないケースだ。

業者に連絡した。折り返しを待っている。スケジュールを調整した。入居者の状況を考えて最短の日程を確保した。これらは全部、管理会社側の「動いている」事実だ。でも入居者からすれば、折り返しが来るまでは「何もしていない」と同じに見える。

プロセスが見えないことの問題は、サービス業全般に共通している。レストランで料理が遅いとき、厨房で何が起きているか分からなければ「忘れられているのでは」という不安が生まれる。同じ待ち時間でも、「今〇〇を調理中です」と伝えられれば体験が変わる。

管理業務の多くは「見えないところで動くプロフェッショナルな仕事」だ。だからこそ、見えるようにする努力がいる。動いている事実を伝えることは、単なる「報告」ではなく、関係を維持するための必要な行為だと思った方がいい。

初動で変えられること

トラブル対応の品質を上げようとすると、業者のレスポンスを速くしたり、対応マニュアルを整備したりという方向に向かいがちだ。それ自体は悪くない。でもそれより先に、もっと単純な変数がある。

最初に何を伝えるか、だ。

確認中であること。いつまでに折り返すこと。その2点を最初の連絡で伝えるだけで、入居者の頭の中に「プロセスが動いている」という認識が生まれる。不確実な状態が解消されれば、怒りの多くは発生しない。

逆に言えば、この2点を伝えずに動いていても、入居者の体験は「放置」に近くなる。

水漏れの深刻度とは無関係に、対応のスタートは「情報の空白を作らないこと」から始まる。

砂漠の国では水漏れを緊急と呼ばない。でも日本の賃貸物件では、水漏れより「音沙汰がない状態」の方が緊急に扱われることがある。そしてその「緊急」は、管理会社が作り出していることが多い。

期待値の差は、クレームの温度の差になる

最後に、少し俯瞰した話をする。

同じ物件でも、入居者によってクレームの出方は全然違う。同じ対応をしても、感謝する人と怒る人がいる。この差を「入居者の性格の問題」として片付けてしまうと、何も変わらない。

でも「期待値の差」として捉えると、対処できるものが見えてくる。

入居開始時のコミュニケーション。対応フローの可視化。初動連絡のタイミング。これらは全部、管理会社が設計できる変数だ。

「クレームが多い」は「入居者の質が悪い」ではなく、「期待値の調整ができていない」サインかもしれない。砂漠の国の人が日本の賃貸に住んだとき、水漏れへの反応が違うのは当たり前だ。管理会社が「当たり前」を決める権限を持っているわけじゃない。相手の「当然」に合わせるか、こちらの「当然」を事前に伝えておくか、そのどちらかしかない。

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