RRoomly
苦情・トラブル対応

隣人の騒音は45デシベルで「うるさい」が、自分の足音は65デシベルでも気にならない

騒音トラブル対応心理学入居者

騒音の不快度を決めるのは、音量ではない。

心理音響学の研究が繰り返し示しているのは、同じ音でも「自分が出した音」と「他人が出した音」では、脳の処理がまったく違うという事実だ。自分の足音が65デシベルでも気にならないのに、上階の足音が45デシベルで眠れなくなる。差は20デシベル。でもこの20デシベルは物理の問題ではなく、心理の問題だ。

神経科学ではこれを「予測符号化」と呼ぶ。脳は自分が起こす音を事前に予測し、聴覚信号を減衰させる。だから自分の咀嚼音はうるさくないし、自分のキーボードの打鍵音は気にならない。予測できる音は脳が自動的にボリュームを下げる。

逆に言えば、予測できない音は増幅される。上階からいつ来るかわからない足音。隣室から断続的に聞こえるテレビの音声。物理的な音量に関係なく、「いつ来るかわからない」「自分では止められない」音は、脳がボリュームを上げて処理する。


騒音計が無力な理由

管理会社がよくやる対応がある。「騒音計で測定して、基準値以下なら問題なし」。

この対応が的外れなのは、不快度を決めているのが音量ではないからだ。

ストレス心理学の実験が参考になる。被験者に電気ショックを与える実験で、同じ強さのショックでも「いつ来るか分からない」条件と「3秒後に来る」と予告された条件で、前者の方がストレスホルモンの分泌量が有意に多かった。ショックの強さは同じ。でも「予測できないこと」がストレスを増幅した。

騒音も同じ構造を持つ。問題は「どれくらいうるさいか」ではなく「いつ鳴るか分からない」ことだ。騒音計は前者しか測れない。後者は計測不能だ。

航空機騒音の訴訟データも面白い。同じ騒音レベルの地域でも、空港が建設される前から住んでいた住民と、空港があることを知って後から引っ越してきた住民で、訴訟率が違う。前者の方が高い。「自分が選んだかどうか」が不快の閾値を変えている。選んだ音は許容できる。押し付けられた音は許容できない。


「音を減らす」ではなく「無力感を減らす」

ある管理会社の事例がある。上階の足音に悩む入居者と、上階の入居者を同席させて話し合いの場を設けた。よくある対応だ。でもこの管理会社が少し変わっていたのは、「静かにしてください」と言わせなかったことだ。

代わりに、上階の入居者の生活リズムを共有してもらった。「朝6時に出勤するので、5時半に起きて準備している」「夜は11時に寝ている」。

下階の入居者は「5時半の音だったんですね」と言った。音量は変わらない。生活パターンも変わらない。でも、いつ鳴るか分かった。音の出所に「人間」が見えた。その後、苦情はなくなった。

これは偶然の成功ではない。予測符号化の理論が説明する通り、予測できる音は脳が減衰させる。「5時半に足音がする」と予測できるようになった瞬間、同じ40デシベルの音が脳で処理される仕方が変わった。


「静かにしてください」が問題を悪化させる構造

騒音トラブルの典型的な対処は「注意する」だ。管理会社が上階の入居者に「足音に気をつけてください」と伝える。

でもこの対処は、しばしば問題を悪化させる。なぜか。

注意された側は「気をつけている」と認識する。でも下階の入居者から見ると、変わっていない。再度苦情を入れる。管理会社が再度注意する。注意された側は「もう気をつけているのに」と不満を持つ。苦情を入れた側は「改善されない」と不満を持つ。

双方が「自分は正しいのに相手が悪い」と思う構造が出来上がる。

この構造の根本にあるのは、「音量を下げれば解決する」という前提だ。でも問題は音量ではない。だから音量を下げても解決しない。

騒音トラブルが「解決しない問題」として管理会社のリソースを食い続ける理由は、音を減らそうとしているからだ。減らすべきは無力感であり、増やすべきは予測可能性だ。


デシベルでは測れないもの

騒音問題を音の問題として扱うと、解決策は防音工事か退去勧告しかなくなる。どちらもコストが大きい。

でも騒音問題を「関係性の問題」として扱い直すと、選択肢が変わる。生活リズムの共有、音の発生源の見える化、入居者同士の接点の設計。コストが桁違いに小さい。

40デシベルの音が人を眠れなくする。65デシベルの音が気にならない。この差は壁の厚さでも床の構造でもない。音の向こうに「自分ではどうにもできない他者」がいるかどうかだ。

騒音計は音を測る。でも不快を測る計器はまだ存在しない。もし作れるとしたら、それは音量ではなく「コントロール可能性」と「予測可能性」の二軸で設計されるだろう。

Roomlyで賃貸管理をもっとシンプルに

10区画まで無料。クレジットカード不要で、今すぐ始められます。

無料で始める

コメント

読み込み中...