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苦情・トラブル対応

「どちらが正しいか」を決めた瞬間、第三の戦争が始まる

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国際政治には「調停者のジレンマ」という概念がある。

紛争当事者の間に立つ第三者が「どちらが正しいか」を決めようとした瞬間、その第三者は新たな敵を作る。正義を執行しようとするほど、調停者自身が攻撃の対象になっていく。

冷戦期のアメリカが中東やアジアの内戦に介入するたびに「仲裁者」から「当事者」へと引き込まれた構造を、歴史家たちは繰り返し分析してきた。中立の立場で介入し始めたはずが、一方を支持した時点で他方の標的になる。

これは外交の話だが、賃貸物件の騒音トラブルでも驚くほど同じ構造が起きる。

誠実に動いたのに、両方から怒られた

あるマンションで、上階の入居者と下階の入居者のあいだで足音トラブルが起きた。

下の階から「上の人の足音がうるさくて眠れない」というクレームが入った。管理会社のスタッフは上の階を訪問して「下の階から苦情が来ています。なるべく気をつけていただけますか」と伝えた。

翌週、今度は上の階から「うるさいと言われたが、自分は普通に生活しているだけだ。管理会社が一方的に加害者扱いした」というクレームが入った。さらに翌週、下の階から「ちゃんと注意してくれていないのではないか」と再度連絡が来た。

最初に動いた管理スタッフは誠実だった。早く動いたし、どちらの入居者にも丁寧に接した。なのに、気づけば両サイドから「対応が悪い」と言われる立場になっていた。

このケースで管理スタッフが間違えたのはどこか。クレームへの対応が遅かったわけでも、伝え方が悪かったわけでもない。「苦情があったので伝えた」というその行為の構造的な問題だった。

「正義の裁定者」になった瞬間に何が起きるか

国際紛争の調停研究では、第三者が「仲裁者(mediator)」として機能するときと「裁定者(arbitrator)」として機能するときで、結果が大きく変わることが知られている。

仲裁者は当事者の対話を促進する。どちらが正しいかは決めない。当事者が自分たちで合意に至るプロセスをサポートする。

裁定者は判断を下す。どちらが正しいかを決める。

問題は、紛争当事者はしばしば「裁定者」を求めてくることだ。「どっちが悪いか言ってくれ」という要求に応えると、敗者側の怒りの矛先が裁定者に向く。

騒音トラブルで「上の階に注意した」という行為は、下の階の側から見れば「自分の訴えを正当と認めた」行為に見える。上の階の側から見れば「一方的に加害者認定された」行為に見える。

管理会社が「苦情があったので伝えた」という中立のつもりでいても、構造的には裁定に近い行為をしている。「苦情が来た」という事実を一方に伝えることは、「その苦情を正当だと判断した」と受け取られうる。

音の「正しさ」は測れない

騒音トラブルをさらに複雑にしているのは、多くの場合「どちらも間違っていない」という点だ。

加害側とされる上の階の住人は、本当に「普通に生活しているだけ」かもしれない。深夜に走り回っているわけでも、楽器を弾いているわけでもない。子どもが歩く音、椅子を引く音、足音——それは生活する以上避けられない。

被害側の下の階の住人も、「眠れない」という感覚は本物だ。音への感受性は個人差があり、同じ音量でも一方は気にならず一方は苦痛を感じることは普通にある。

どちらも嘘をついていない。どちらの言っていることも事実だ。でもその二つの事実は矛盾している。

騒音計を持ち込んで数値を測っても、「受忍限度を超えているか」という法的基準は数値だけでは判断できない。時間帯、継続性、建物の構造、被害者の職業(夜勤で日中に睡眠が必要な場合など)が絡む。

「どちらが正しいか」を決められる立場に、管理会社はそもそもいない。

管理会社が「やること」と「やらないこと」

では管理会社は騒音トラブルで何もしないのが正解か。そうじゃない。

何もしなければ「対応してくれない」というクレームになる。何もしないことも、一種の判断として受け取られる。

やることは、事実の確認と記録、そして「対話の場を設定すること」だ。

「下の階から〇月〇日にこういう内容の連絡がありました。一度お話しできますか」という形で上の階に接触する。「苦情がある」ではなく「連絡があった」という事実の伝達にとどめる。加害者認定はしない。自分では評価せず、事実を事実として伝える。

両者に直接会ってもらう場を設定することが一番有効だ。当事者同士が話せる場があれば、管理会社は「場の提供者」の役割に徹することができる。その場で合意が得られれば、管理会社はジャッジをしていない。

やらないことは「どちらが悪いか」の判断を下すことだ。

「記録する」ことの意味

もう一つ、地味だが重要なのが記録だ。

いつ、誰から、どんな内容の連絡があったか。それに対して管理会社がいつ、何をしたか。この記録があると、後から「対応してくれなかった」という主張に対して事実で応答できる。

記録は免責のためだけじゃない。クレームの経緯が記録されていると、「この問題が初めてではない」「同じ当事者間で何度も起きている」という事実が見えてくる。そうなると、個別対応ではなく根本的な解決策——防音マット、フローリング変更の提案、最悪の場合は転居の提案——を検討するタイミングが判断できる。

「記録がない」状態で騒音トラブルに対処し続けると、同じパターンが繰り返される。入居者は「以前も言ったのに」と思い、管理会社は「また来た」と思い、双方の疲弊だけが積み上がる。記録は、問題の構造を見えるようにするツールだ。

解決できない問題に「向き合い続ける」こと

騒音トラブルは、多くの場合「完全に解決する」ことができない。

当事者のどちらかが引っ越せば解決するが、そうでなければ「管理できる状態に保つ」ことが現実的な目標になる。火を消すのではなく、火が広がらないようにする、という発想だ。

管理会社の役割は「問題を解決すること」ではなく「問題が当事者間で扱える範囲に収まり続けること」かもしれない。それは弱腰でも無責任でもない。解決できないことを解決しようとすると、前述の「第三の戦争」が始まる。

「私たちにできることは、双方が話せる場を作ることと、記録を残すことです」という誠実さの方が、「解決します」という約束より長持ちする。

第三の戦争を起こさないために

国際政治の調停理論には、「調停者が紛争に引き込まれないための距離感」という概念がある。当事者に寄り添いすぎると、その紛争の一部になる。

管理会社と入居者トラブルの関係も同じだ。

被害を訴える入居者に寄り添いすぎると、相手方の敵になる。加害とされた側に配慮しすぎると、被害側から「何もしてくれない」と言われる。

「どちらにも肩入れしない」のは、冷淡なのではなく、管理会社が機能し続けるために必要な立ち位置だ。

国際政治の調停者は、仲裁に成功したとき「何もしていないように見える」と言われることがある。当事者同士が対話して合意した。第三者は場を整えただけ。それが一番いい結果だ。

管理会社の騒音対応も、「管理会社が何かした」より「入居者同士が話した」で終わる方がいい。

「どちらが正しいか」を決めた瞬間、管理会社は問題の解決者から当事者になる。解決者でいる限り、第三の戦争は始まらない。

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