無事故の工場ほど、事故が多い
工場の安全管理に、逆説がある。
「無事故記録〇〇日」という掲示板が工場の入口にあるとき、その記録が長いほど安全だと思うのが普通だ。でも安全工学の研究は、必ずしもそうではないことを示している。
無事故の記録が長く続くと、二つのことが起きる。一つは「報告しなくても大丈夫」という空気が生まれること。もう一つは「無事故記録を途切れさせたくない」という圧力が生まれること。
どちらも、実際に起きているヒヤリハットや小さなトラブルを「報告しない」方向に働く。記録の上では無事故が続く。でも見えない場所にリスクが積み上がっていく。
ハインリッヒの法則の裏側
安全工学で知られるハインリッヒの法則は、「1件の重大事故の裏には29件の軽微な事故があり、さらにその裏には300件のヒヤリハットがある」という経験則だ。
この法則は「小さなトラブルを報告・対処すれば重大事故を防げる」という文脈で引用される。正しい。でもこの法則には裏側がある。
もし300件のヒヤリハットが報告されなくなったら、29件の軽微な事故も見えなくなり、1件の重大事故が「突然」起きたように見える。
無事故の記録は、ハインリッヒのピラミッドの底辺が消えた状態かもしれない。底辺が消えたのではなく、底辺が見えなくなっただけだ。ピラミッドの構造は変わっていない。
「管理は得意」という確信
ある大家は、12年間自主管理を続けてきた。トラブルは一度もなかった。
正確には、「トラブルとして認識したことが一度もなかった」。
入居者が退去するとき、敷金の返還額で少し揉めたことがある。でも「話し合いで解決した」と記憶している。入居者が深夜に水漏れの連絡をしてきたとき、翌朝対応したが、入居者がその後すぐに退去した。でも「たまたま引っ越しが決まっていたのだろう」と思った。
これらはハインリッヒのピラミッドの底辺だ。報告されず、記録されず、分析されなかったヒヤリハット。大家自身がそれをトラブルとして認識しなかったから、「無事故記録」は更新され続けた。
12年間の「トラブルなし」は、12年間「トラブルを認識しなかった」と同じ事実を別の角度から見ているだけかもしれない。
正常性バイアスという認知の構造
「今まで大丈夫だったから、これからも大丈夫だろう」
この認知パターンを正常性バイアスと呼ぶ。災害心理学でよく使われる概念だ。地震の揺れを感じても「まあ大丈夫だろう」と思って避難しない。洪水の警報が出ても「ここまでは来ないだろう」と思って動かない。
正常性バイアスは、過去の経験を未来のリスク評価に直結させる。「今まで洪水が来なかった」が「ここは安全な場所だ」に変換される。でも「洪水が来なかった」は「洪水が来ない場所だ」の証拠にはならない。来なかっただけだ。
自主管理の「長年トラブルなし」にも同じ構造が働く。12年間問題がなかったことは、「問題が起きにくい物件」の証拠ではない。「問題が起きなかった12年間」の記録だ。13年目に何が起きるかについては、何も言っていない。
見えないリスクを見る方法
工場の安全管理が「無事故記録」の掲示をやめ、代わりに「ヒヤリハットの報告件数」を掲示するようになった現場がある。
報告件数が多い方が「見えている」。報告件数がゼロの方が危ない。この逆転は直感に反するが、安全工学では常識になりつつある。
「何も起きていない」ことを安全の証拠とするか、「何も報告されていない」ことをリスクの兆候とするか。同じ事実が、見方によって正反対の意味を持つ。
無事故の工場で重大事故が起きたとき、調査報告書にはほぼ必ず「以前から兆候はあったが報告されていなかった」と書かれている。兆候はあった。でも見えなかった。見えなかったのは、見る仕組みがなかったからだ。
無事故の記録は、安全の証拠にも、危険の兆候にもなりうる。どちらかを判断するためには、「報告されていないこと」の中身を知る必要がある。