「家賃を下げれば埋まる」と言う管理会社ほど、入居率が低い理由
空室が埋まらない物件に対して、管理会社が最初に出す提案は決まっている。「家賃を5,000円下げましょう」「礼金をゼロにしましょう」「フリーレント2ヶ月にしましょう」。
短期的には間違っていない。値段を下げれば需要は増える。経済学の基本だ。
でも、家賃を下げる提案を多用する管理会社ほど、長期的な入居率が低い傾向がある。なぜか。
価格弾力性の罠
賃貸物件の家賃需要は、価格弾力性が高い財だ。家賃が下がれば応募者は増える。下げ幅5,000円で問い合わせ数が2倍になることも珍しくない。
問題は、価格を下げて集まった応募者の質だ。
行動経済学の研究で、価格に強く反応する消費者ほど、購入後の不満を表明しやすいことが知られている。価格を判断軸の中心に置く顧客は、他の要素も価格基準で評価する。「家賃が安いから住んでいる」入居者は、設備の不具合に対しても「家賃が安いのに対応が遅い」と不満を持つ。
逆に「立地が気に入って入居した」入居者は、家賃が同程度でも、設備不具合への寛容度が高い。住み続ける動機が違うからだ。
ホテル業界の発見
ホテル業界には「ディスカウントは中毒になる」という経験則がある。
価格を下げて集客した顧客は、次回も同じ価格を期待する。値段を戻すと離れる。さらに、ディスカウント客はレビュー評価が低く、クレーム率が高い。同じ部屋に泊まっても、満足度が低い。
賃貸でも同じ現象が起きる。家賃を下げて入居した部屋は、退去時のクレームが多い。「お風呂のカビが」「壁紙の汚れが」「設備が古い」。家賃を下げた分だけ、入居者の期待値が「価格に対するコスパ」に寄る。コスパ軸で評価される物件は、満足度が構造的に低くなる。
駅徒歩15分のアパートで起きたこと
ある管理会社が、駅徒歩15分の木造アパートの空室を埋めるため、家賃を月7.5万円から6.8万円に下げた。即日で問い合わせが入り、2週間で満室になった。
オーナーは喜んだ。管理会社も自社の客付け力を誇った。
1年後、退去率が周辺相場の2倍になっていた。クレーム件数も増えていた。退去理由を聞くと「思ったより設備が古い」「隣の音が気になる」「駅から遠い」。
家賃を下げたことで、本来この物件を選ばなかった層が入ってきた。立地と設備の妥協を価格で受け入れた層だ。妥協は時間とともに不満に変わる。1年で退去する。原状回復費と次の客付け費用で、下げた家賃以上のコストが発生した。
家賃を維持する物件の戦略
家賃を維持する優秀な管理会社は、別の打ち手を持っている。
ターゲットの再定義 立地や築年数に合った入居者層を再定義する。木造アパートを単身者ではなく外国人留学生向けに切り替える、駅徒歩15分を車所有のファミリー向けに切り替える、といった発想だ。
情報の出し方を変える 家賃を下げる代わりに、物件情報の見せ方を変える。写真を撮り直す、内装の魅力を文章で伝える、近隣の生活情報を充実させる。「価格で選ばせない」設計だ。
設備投資 家賃を下げる年間損失額(5,000円×12ヶ月=6万円)を、設備投資に回す。Wi-Fi無料、エアコン新調、宅配ボックス設置。価格ではなく価値で勝負する。
「下げてはいけない」のではなく「下げる前に考える」
家賃を絶対に下げてはいけない、と言いたいのではない。市場相場が下がっている地域では、適正価格への調整は必要だ。
問題は、空室の原因が価格にあると即断する思考停止だ。価格は最後の調整弁にすべきで、最初の打ち手にしてはいけない。
優秀な管理会社は、空室が出たときにこう聞く。
- どんな入居希望者が内見に来たか
- 何が決定打になって他物件を選んだか
- 物件情報の見せ方は最適か
- ターゲット設定は合っているか
これらを潰してから、価格を検討する。順序が逆の管理会社は、家賃を下げて短期的に埋め、長期的に物件を弱体化させる。
オーナーへの説明責任
家賃を下げる提案には、オーナーへの長期的な説明責任が伴う。
「今下げると、来年の更新時に上げにくい」「下げた家賃で入った入居者は早く退去する傾向がある」「設備投資の方が長期的に有利かもしれない」。これらをセットで説明できる管理会社は、オーナーから信頼される。
「家賃を下げれば埋まります」だけで提案する管理会社は、短期の数字しか見ていない。オーナーは数年後にそれに気付き、別の管理会社に切り替える。
価格は便利な道具だ。でも便利すぎる道具は、思考を奪う。空室が出たときに価格以外の打ち手を出せるかが、管理会社の本当の実力だ。