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内見対応が丁寧な店舗ほど、契約後のクレームが多い

内見クレーム対応期待値顧客満足

新人の営業担当が内見対応に同行した日、ベテラン店長から言われた言葉がある。「お前みたいに丁寧すぎる接客は、後でクレームになる」。

新人は意味が分からなかった。お客様に丁寧に接して何が悪いのか。

3年後、自分が担当した契約者からクレームが多発する理由が分かった。丁寧すぎる内見対応は、期待値を上げすぎていた。


ホテル業界の期待値ギャップ理論

サービス品質の研究で「期待値ギャップ理論」と呼ばれるものがある。顧客満足度は、実際のサービス品質ではなく、期待値と実際の差分で決まる、という理論だ。

期待値が低く、実際のサービスがそれを上回れば、満足度は高い。 期待値が高く、実際のサービスがそれを下回れば、満足度は低い。

つまり同じサービスを提供しても、事前の期待値次第で満足度は真逆になる。

賃貸の内見でも同じ構造が働く。丁寧な接客、詳細な物件説明、設備の魅力的な紹介、近隣環境の好条件。これらは内見時の体験を最大化する一方、入居後の期待値を引き上げる。

入居後、内見時に説明された通りに全てが快適なわけではない。隣の生活音、エアコンの効きの悪さ、水回りの細かい不具合。これらが「期待していた品質を下回る」体験として顕在化する。

結果、クレームになる。


寡黙な営業の方が、退去率が低い

ある不動産会社の社内データで、こんな分析があった。営業担当別の契約数と退去率を比較したところ、契約数トップの営業担当ほど、自分が客付けした入居者の退去率が高かった。逆に、契約数中位の寡黙な営業担当の方が、退去率が低かった。

理由は内見対応の違いだった。トップ営業は内見時に物件の魅力を最大限に伝える。「日当たり最高ですよ」「収納たっぷりですよ」「閑静な住宅街ですよ」。

中位営業はそこまで売り込まない。「築年数なりの設備です」「日当たりは午前中だけです」「夜は前の道路の音が少し聞こえます」。

入居後、トップ営業の契約者は「思ったより日当たりが悪い」「収納が足りない」「夜うるさい」と感じる。中位営業の契約者は「事前に聞いていた通り」と感じる。期待値が違うから、同じ部屋でも体験が違う。


「期待値を下げて契約する」のはOK か

期待値を下げる接客が良いと言いたいのではない。意図的にネガティブな情報ばかり伝えれば、契約数自体が落ちる。意味がない。

問題は、契約を取るために期待値を意図的に引き上げることだ。これは短期の契約数を増やすが、長期の退去率を上げる。

優秀な営業は、物件の魅力を伝えつつ、デメリットも先回りで伝える。「日当たりは午前中が中心です。午後は隣の建物の影が入ります。気になる方は実際にこの時間帯にもう一度来てください」。

この対応で契約に至った入居者は、入居後にギャップを感じにくい。退去率が低い。クレームが少ない。


不動産業界の「悪い丁寧さ」

賃貸業界で「丁寧な接客」と言われるものの中に、実は期待値を不必要に引き上げているものが多い。

  • 「静かな環境ですよ」(夜の状況は分からない)
  • 「治安が良いエリアですよ」(個人の感覚)
  • 「日当たり良好ですよ」(季節や時間で変わる)
  • 「設備が新しいですよ」(給湯器だけ新しくて他は10年物)

これらは嘘ではない。営業担当の主観だ。でも入居者は事実として受け取る。入居後に「思ったのと違う」となる。

代わりに、客観的な情報を渡す方が長期的に得だ。

  • 「南向きで午前中は日が入ります。冬至の正午で日照時間2時間程度です」
  • 「警察庁の犯罪マップではこのエリアは件数が少ない方です。リンクをお送りします」
  • 「給湯器は2024年交換済み、エアコンは2018年設置です」

事実ベースの情報は、入居後の期待値ギャップを生まない。


内見動画の罠

最近、内見前にYouTubeやTikTokで物件動画を見るユーザーが増えた。管理会社が物件動画を作る場合、撮影方法に注意が必要だ。

広角レンズで撮影された部屋は、実際より広く見える。逆光を避けた時間帯の撮影は、実際より明るく見える。BGM付きで編集された動画は、実際より魅力的に感じる。

動画で期待値が上がりすぎた入居者は、内見時に「思ったより狭い」「思ったより暗い」と感じる。動画の作りが上手いほど、ギャップが大きくなる。

実物に近い動画を作る方が、長期的には契約後のミスマッチを減らせる。


期待値マネジメントは管理会社の責任

期待値マネジメントは仲介の営業だけの問題ではない。管理会社にも責任がある。

物件情報の出し方、写真の選び方、設備情報の正確性、近隣環境の説明。これら全てが入居後の期待値を作る。

「とにかく問い合わせを増やしたい」と良い情報ばかり並べると、契約後のクレームと退去率が跳ね上がる。中長期で見ると、賃料の値下げや退去後の客付けコストで赤字になる。

「事実をフラットに伝える」管理は、短期の集客力は劣るが、長期の入居率と稼働率で勝つ。


内見の丁寧さと退去率は、ある時期から相関が逆転する。短期の集客と長期の運用、どちらを取るかで管理スタイルが分かれる。

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