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空室対策

礼金を取らなくなった会社が、客付け力を失った

礼金客付けインセンティブ管理運用

ある管理会社が「礼金ゼロキャンペーン」を打ち出した。入居者の負担を軽くし、入居ハードルを下げる狙いだった。

開始直後、入居者からの問い合わせは増えた。礼金ゼロは内見予約の決め手として効いていた。経営陣は成果に手応えを感じた。

1年後、入居者数は確かに増えていた。しかし周辺の仲介会社からの紹介物件数が、半分以下に減っていた。


礼金の経済的役割

礼金は単なる「入居者からオーナーへの謝礼金」ではない。賃貸業界の中で複数のステークホルダーに分配される、隠れたインセンティブ機能を持つ。

礼金の分配先(典型例)

  • 客付け仲介会社への広告料(AD)
  • 管理会社のリーシング業務報酬
  • オーナーの初期収益

礼金1ヶ月分の物件は、業界内では「広告料を出せる物件」を意味する。仲介会社は広告料を見て紹介順位を決める。

礼金ゼロにすると、この分配原資が消える。


仲介会社のインセンティブ構造

街の仲介会社の収益源は2つある。

仲介手数料 入居者・オーナーから受け取る手数料。賃料の0.5〜1ヶ月分。

広告料(AD) 管理会社・オーナーから受け取る報酬。賃料の0〜2ヶ月分。物件によって設定が異なる。

仲介会社の営業マンは、店頭で多数の物件を扱う。お客様に複数物件を提案する際、どの順序で見せるかは営業マンの裁量だ。広告料の高い物件から見せる傾向は、業界の常識として存在する。

礼金1ヶ月の物件は、仲介会社にとって「広告料1ヶ月分の原資」がある物件。優先的に提案される。

礼金ゼロの物件は、原資がない。提案順位が下がる。問い合わせが減る。


「入居者にとって優しい」の罠

礼金ゼロは入居者の初期費用を下げる施策として、消費者目線では正しい。「礼金は意味不明な慣習だから廃止すべき」という議論も業界で長年されてきた。

ただし、賃貸市場は仲介会社・管理会社・オーナーの3者で動いている。入居者にとって優しい施策が、必ずしも市場全体の効率を上げるとは限らない。

礼金ゼロを実行した管理会社の物件は、入居者から見れば魅力的だ。しかし仲介会社の店頭で提案順位が下がれば、入居希望者の目に触れない。「見つけてもらえない物件」になる。


直接来店・自社サイト経由なら成立する

礼金ゼロが機能するパターンもある。

  • 自社の店舗・自社サイトに直接来店するお客様が多い
  • ポータルサイトで物件を見て、直接管理会社に問い合わせるお客様が多い
  • 仲介会社を介さずに契約を完結できる体制がある

このパターンなら、仲介会社のインセンティブ問題は発生しない。礼金ゼロが純粋に入居者へのメリットとして機能する。

問題は、自社チャネルだけで集客できる管理会社は少ないことだ。多くの管理会社は、街の仲介会社経由の客付けに頼っている。


広告料との関係

礼金を取らない代わりに、広告料を別途設定する手もある。

広告料分離型

  • 礼金ゼロで入居者には優しい
  • 広告料はオーナー負担で仲介会社に支払う
  • 仲介会社のインセンティブは確保される

このパターンなら、入居者と仲介会社の両方を満たせる。ただしオーナーが広告料を負担するため、初期収益は下がる。

実務では、オーナーが「礼金ゼロでも構わないが広告料は出したくない」と要望することが多い。両立できないため、礼金復活か空室継続かの選択になる。


ある管理会社の判断

「礼金ゼロキャンペーン」を打ち出した会社は、1年後にデータを見直した。

  • 入居者数:当初想定通り増加
  • 仲介会社経由の紹介数:50%減少
  • 自社サイト経由の問い合わせ:30%増加
  • 平均空室期間:1.5倍に延長
  • 客付け完了までの広告コスト:1.3倍に増加

入居者数は増えたものの、その大半は自社サイト経由だった。仲介会社経由の流入が大きく減ったため、ポータルサイトでの露出を増やすコストが上がっていた。

結果、礼金ゼロの初年度収益は、礼金ありの前年と比べて減少していた。


礼金復活と段階的な調整

この会社は2年目から礼金を一部復活させた。「礼金0.5ヶ月分」「礼金1ヶ月分・敷金ゼロ」など、物件タイプによって設定を分けた。

仲介会社経由の紹介数は徐々に戻った。3年目には、礼金ありの物件と礼金ゼロの物件のポートフォリオを最適化し、両方のチャネルから集客できる構造を作った。

完全な礼金ゼロは難しかったが、ハイブリッド型で落ち着いた。


業界慣習への挑戦の難しさ

礼金は不合理な慣習として批判されることが多い。実際、合理的に説明しにくい部分はある。

ただし、業界慣習が長年残るのには理由がある。慣習の中に、利害関係者間のインセンティブ分配が織り込まれていることが多い。

慣習を変える側は、利害関係者の構造を理解せずに動くと、思わぬ反発を受ける。礼金ゼロは入居者に優しい施策だが、仲介会社の構造への配慮なしに進めると、客付け力を失う。


礼金以外の初期費用削減策

礼金を維持しつつ、入居者の初期負担を下げる方法はある。

フリーレント 入居後1〜2ヶ月の家賃を無料にする。実質的な値引きだが、礼金構造は維持される。仲介会社のインセンティブも維持。

敷金分割払い 敷金を月割りで分割払いにする。入居時の負担を下げる。

保証会社利用で連帯保証人不要 連帯保証人を立てる心理的・金銭的負担を減らす。

初期費用ローン 信販会社と連携して初期費用をローン化する。一括負担を回避。

これらは礼金構造を維持しながら入居ハードルを下げられる。仲介会社経由の集客力も維持できる。


「正しいことをやれば報われる」の限界

「入居者の負担を減らすのは正しい」「不合理な慣習は廃止すべき」という思想自体は間違っていない。

ただし、市場の構造を変えるには、構造全体への配慮が必要になる。一部だけ変えると、全体のバランスが崩れる。新しい構造を作るには、業界全体での合意形成や、自社で完結する集客チャネルの整備が前提になる。

礼金ゼロを単独でやって失敗した会社は、思想は正しかったが構造への配慮が足りなかった。


業界慣習の中には、不合理に見えて利害分配機能を担っているものがある。それを廃止するときは、機能を別の形で再設計しないと、巡り巡って自分の首を絞めることになる。

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