入居者の騒音苦情、大家はどこまで対応すべきか
夜10時、電話が鳴る
「上の階の足音がうるさくて眠れないんです」
自主管理の大家にとって、このフレーズは何度聞いたか分からないくらい定番の苦情です。騒音苦情は賃貸トラブルの中で最も多く、国土交通省の「賃貸住宅トラブル相談件数」でも毎年上位に入り続けています。
仕事で疲れて帰ってきた夜に、あるいは家族と過ごしている休日に、入居者から苦情の電話がかかってくる。「今すぐどうにかしてほしい」と言われても、夜10時に相手の部屋を訪ねるわけにもいかない。何もできない罪悪感と、プライベートの時間を奪われる苛立ちが同時に押し寄せる——自主管理の大家が抱えるストレスの中でも、騒音苦情は特に精神的な負担が大きいものです。
とりあえず掲示板に「深夜の騒音にご注意ください」と貼り紙をする。しばらく静まる。でも1ヶ月後、また同じ人から電話が来る。「また始まった」という疲労感。対応しても解決しない無力感。次第に着信を見るだけで胃が重くなる。
ここまで追い詰められると、「もう売ってしまおうか」という考えが頭をよぎることもあります。実際には管理会社に委託すれば夜中の電話対応から解放される——そういう選択肢があること自体、自主管理に没頭しているうちに見えなくなっていることがあります。
この繰り返しに疲弊して、「音の問題は構造上どうしようもない」と結論づけてしまう人は多いです。確かに、木造や軽量鉄骨の物件で足音を完全にゼロにするのは物理的に無理です。
でも、騒音苦情の本質は「音」ではありません。
怒っているのは、音に対してではない
騒音苦情が長引く物件と、同じ構造でもトラブルにならない物件があります。違いは何か。
苦情を言う入居者の話をよく聞くと、「うるさい」の裏にあるのは、だいたいこういう感情です。
「何度言っても変わらない」——前にも苦情を伝えたのに、また同じ音がする。管理会社は本当に伝えたのか。
「自分だけが我慢している」——相手は好き勝手やっているのに、自分は毎晩イライラしている。不公平だ。
「誰も真剣に取り合ってくれない」——管理会社に電話しても「注意しておきます」で終わり。本当に動いてくれたのか分からない。
つまり、音量の問題ではなく、「自分の訴えが軽く扱われている」という不信感が怒りの正体です。
防音工事をしても不信感は消えません。逆に、音が完全には消えなくても「ちゃんと対応してくれている」と感じてもらえれば、苦情はおさまることが多いのです。
対応の本質は「伝達」ではなく「記録と報告」
騒音苦情への対応を整理すると、多くの人がやっている「掲示板に貼り紙」「口頭で注意」は対応の序盤でしかありません。
ステップ1:まず記録する
苦情を受けたら、日時・内容・誰が・どんな音を・いつ頃・どのくらいの頻度でを記録します。
自主管理だと電話を受けながらメモするか、後で思い出しながらノートに書くか、という人が多いはず。でもこれを省略して「なんかうるさいらしい」で動くと、後のステップ全てがぼやけます。加害側に注意するにしても「何月何日の何時頃、ドンドンという足音が30分以上続いたと報告がある」と伝えるのと「ちょっと音に気をつけてください」と伝えるのでは、受け取り方がまるで違います。
ステップ2:苦情を鵜呑みにしない——事実を確認する
苦情を受けたら、すぐに相手方に注意しに行きたくなります。でも、ここで一歩立ち止まる必要があります。
苦情を言っている側が、必ずしも正しいとは限らない。
実際にあるケースとして:
- 普通の生活音(歩く、ドアを閉める)を「騒音」と感じている
- 上下階の関係が悪く、音を口実に相手を追い出したいと思っている
- 苦情の頻度や内容が、客観的な音量と釣り合っていない
- そもそも音の発生源が苦情先の部屋ではない(隣や外からの音を誤認している)
だからこそ、大家はどちらの味方でもなく、中立の立場で事実を確認する人でなければなりません。
状況によっては、苦情で指摘された時間帯に現地を訪れて自分の耳で確認する、他の入居者にもそれとなく聞いてみる、苦情の頻度や内容に偏りがないか記録を見返す——といった手間をかけるケースもあります。
自主管理の大家にとって、これがどれだけ大変か。平日の夜や週末に物件まで足を運び、廊下や共用部で耳を澄ませる。他の入居者のドアを叩いて話を聞く。本業がある中でこれを何度もやるのは、正直かなりの負担です。
でも、この確認を飛ばして一方の言い分だけで動くと、注意された側は「自分は何もしていないのに犯人扱いされた」と感じます。そうなると今度は注意された側からの不信感が生まれ、問題がさらにこじれます。
もうひとつ見落とされがちなのは、苦情を繰り返す人自身が、周囲の入居者にとっての「問題の住人」になっている可能性です。些細な音にも過剰に反応して管理者に連絡を入れ続ける、壁を叩いて抗議する、廊下で相手を問い詰める——こうなると、騒音の「被害者」だったはずの人が、他の入居者にとっての「加害者」になっています。事実確認のステップで周囲にも話を聞くことで、こういった構図が見えてくることがあります。
ステップ3:相手方に事実を伝える
事実確認を踏まえたうえで、相手方に話を聞きます。ここでの注意点は、決めつけないこと。
「うるさいので静かにしてください」ではなく、「○月○日○時頃、下の階から音が響くという報告がありました。お心当たりはありますか?」というトーンで聞く。
自覚がないケースがほとんどです。普通に歩いているだけなのに下に響いている。子供が走り回っているのを止められない。洗濯機の振動が構造体を伝わっている——悪意がないからこそ、頭ごなしの注意は逆効果です。
ステップ4:被害側に「動いている」ことを伝える
ここが最も見落とされるステップです。
加害側に注意した。それを被害側に報告しない人が驚くほど多い。被害側からすると、「電話してから何も連絡がない。やっぱり何もしてくれなかった」と感じます。
「○月○日に上の階の方にお伝えしました。しばらく様子を見ていただけますか。改善がなければまたご連絡ください」
このひと言があるだけで、「ちゃんと動いてくれた」という安心感が生まれます。苦情がエスカレートする一番の原因は、この報告の欠如です。
ステップ5:経過を追う
1回の注意で解決するケースは半分程度です。解決しなかった場合は、2回目の注意、書面での通知、と段階を上げていきます。
このとき、ステップ1の記録が積み重なっていることが重要です。「複数回にわたり改善がなかった」という事実の積み重ねは、契約上の対応(契約条項に基づく通知など)に進む際の根拠になります。
逆に、記録がなければ「言った・言わない」になり、どちらの立場にも立てなくなります。
「構造の問題」はどこまで大家の責任か
木造アパートで足音が響くのは構造上避けられません。この場合、大家に防音工事の義務はあるのか。
法的には、賃貸人は「使用収益に適した状態」を維持する義務があります(民法601条)。ただし、これは「完全に無音の環境」を保証するものではありません。
判例を見ても、生活音程度の騒音で大家の責任が認められるケースはまれです。深夜に大音量で音楽を流す、毎日のように大声で騒ぐ——このレベルになると、加害側入居者の契約違反(用法遵守義務違反)が問題になります。
つまり、大家に求められるのは「騒音をゼロにすること」ではなく、**「苦情に対して適切に対応すること」**です。
適切な対応とは:
- 苦情を記録する
- 加害側に事実確認と注意を行う
- 被害側に対応状況を報告する
- 改善がなければ段階的に対応を強化する
- 一連の対応を記録として残す
この対応を取っている限り、法的にも道義的にも責任を果たしていると言えます。
解決しないケースもある
すべての騒音問題が解決するわけではありません。加害側に悪意がなく、生活音の範囲であれば、注意しても根本的な改善は難しい。被害側の音への感受性が高い場合、客観的には問題ない音量でも「耐えられない」と感じることはあります。
この場合、正直に伝えることが大切です。
「建物の構造上、生活音を完全になくすことは難しい状況です。上の階の方にはお伝え済みで、できる範囲での配慮をお願いしています。もし今後も改善が見られない場合は、お住み替えのご相談にも対応いたします」
きれいに解決できないケースでも、誠実に対応したという記録が残っていることが、後のトラブル防止になります。
記録があれば、次の判断が変わる
騒音苦情の対応履歴を残しておくと、目の前の問題だけでなく、その先の判断にも使えます。
入居審査の参考——過去にトラブルが多い部屋は、構造的に音が響きやすい可能性があります。入居者に事前に説明する材料になりますし、生活音に敏感な方には別の部屋を提案する判断もできます。
退去時の対応——「騒音で退去を余儀なくされた」と主張された場合、大家として適切に対応していた記録があるかどうかで状況が大きく変わります。
物件の改善計画——特定の部屋に苦情が集中していれば、遮音マットの設置や上下階の間取り配置の見直しなど、次の空室時にできる対策が見えてきます。設備系の対応が絡む場合は「修繕依頼の管理、受付から完了までの流れ」も参考にしてください。
記録は「対応した証拠」であると同時に、「次に何をすべきか」を教えてくれる情報です。
まとめ
騒音苦情は「音」の問題ではなく「対応」の問題です。音を消すことはできなくても、苦情に対して記録し、動き、報告し、追跡する——このサイクルを回すことで、入居者の不信感は大きく減ります。
大家に求められているのは完璧な防音ではなく、「あなたの訴えを受け止めて、ちゃんと動いています」と伝え続けることです。
自主管理でこの対応サイクルを回すのが負担に感じたら、管理会社への委託も選択肢です。苦情対応のプロセスを仕組みとして回してくれる管理会社であれば、夜中の電話対応からも解放されます。
管理会社側でこうした苦情・対応履歴を一元管理するツールとして、Roomlyでは問い合わせを案件として登録し、対応履歴を時系列で記録できます。10区画まで無料です。
そもそも自主管理で入居者の連絡先が自分の個人携帯になっていること自体がストレスの原因かもしれません。「自主管理の大家が「自分の携帯番号を教えている」という異常さ」もあわせてご覧ください。
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