礼儀正しい人が、一番返さない
入居審査で、管理会社の担当者がこう言った。「感じのいい人でしたよ。挨拶もしっかりしていて、書類も丁寧に揃えてきて。問題なさそうです」
4ヶ月後、この入居者は家賃を滞納し、連絡が取れなくなった。
部屋には荷物が一部残されていた。保証人に連絡したが、「最近連絡を取っていない」と言われた。滞納分の回収も、荷物の処分も、すべて管理会社と大家の負担になった。
「感じが良かった」は、4ヶ月後のこの状況について何も予測していなかった。
詐欺師はなぜ「感じがいい」か
犯罪心理学には、社会的信頼を得る能力と不正行為の相関に関する研究がある。
結論は直感に反する。社会的信頼を得る能力が高い人ほど、長期的に大きな被害を生む傾向がある。詐欺師が典型だ。第一印象で信頼を勝ち取り、関係を構築し、その関係を利用する。被害者の多くが「あんなに感じのいい人が」と言う。
「感じがいい」ことは、社会的能力の高さを示している。でも社会的能力の高さは、支払い能力とも、誠実さとも、何の関係もない。別の軸の話だ。
もちろん、滞納する入居者の大半は詐欺師ではない。でも「第一印象が良い」ことがリスク評価に使われているとき、その評価は何を測っているのか、という問いは残る。
面接で「わかる」ことの限界
組織心理学には、採用面接の予測妥当性に関する膨大な研究がある。
構造化されていない面接——つまり面接官が自由に質問し、直感で判断する面接——の予測妥当性は驚くほど低い。面接官の「この人は優秀そう」という印象と、入社後の実際の業績の相関はほぼゼロに近い。
面接官が「優秀そう」と感じているのは、「自分にとって好ましい印象を持った」ということであって、「業務遂行能力が高い」ということではない。印象は印象を測っているのであって、能力を測っていない。
入居審査でも同じ構造がある。対面で「感じがいい」と判断しているのは、「この人は社会的なコミュニケーション能力が高い」ということだ。それは「家賃を毎月払い続ける」能力とは別のものだ。
行動履歴と印象の非対称
リスクを予測するとき、最も精度が高いのは過去の行動履歴だ。
過去に滞納歴がある人は、再び滞納するリスクが高い。これは印象ではなく、行動の記録だ。保証会社が審査で見ているのも、基本的にはこのデータだ。クレジットカードの支払い履歴、過去の家賃支払い状況、勤続年数——いずれも行動の記録であり、印象ではない。
印象は「今この瞬間」の情報だ。行動履歴は「過去の時間の積み重ね」の情報だ。どちらが未来を予測するかは明らかだ。
でも人間は印象の方を信じやすい。目の前にいる人の笑顔と、書類に並ぶ数字では、笑顔の方が情報量が多く感じられる。実際には逆だ。笑顔は「今日の、この場での」情報しか持っていない。数字は「過去数年間の」情報を圧縮して持っている。
「感じの悪い人」が優良入居者であること
この話には裏がある。
面接で無愛想だった人が、入居後10年間一度も滞納せず、トラブルも起こさず、静かに住み続けている、というケースは珍しくない。審査のとき「ちょっと感じが悪かった」と担当者が言っていた人だ。
社会的印象とリスクは無相関だ。「感じがいい」はリスクが低いことを意味しない。「感じが悪い」はリスクが高いことを意味しない。むしろ、社会的印象の管理に長けている人の方が、問題を隠す能力も高い、という逆相関すらありうる。
「礼儀正しい人が一番返さない」は誇張だが、「礼儀正しさはリスク評価に使えない」は構造的な事実だ。
印象は印象を測っている。それ以上でもそれ以下でもない。