地図が精密になるほど、迷子が増える
ある大家が、賃貸経営の勉強を始めた。
きっかけは些細なことだった。入居者から「エアコンの修理は大家負担ですよね?」と聞かれて、即答できなかった。調べてみたら、設備の修繕義務には民法の規定があり、契約書の特約との関係があり、経年劣化か故障かで判断が変わることがわかった。答えは一つではなかった。
それまで10年間、「壊れたら直す」で回していた。問題はなかった。でも調べ始めた途端、「問題がなかった」のではなく「問題に気づいていなかった」のかもしれない、と思い始めた。
地図の精度と不安の関係
認知科学に、地図の逆説と呼ばれる現象がある。
大まかな地図を持っているとき、人は迷わない。「だいたいこの方向」で歩ける。でも精密な地図を持つと、自分の現在地と地図上の位置の「誤差」が気になり始める。交差点の角度が少し違う。建物の並びが地図と合わない。精密であるがゆえに、ズレが見えてしまう。
大まかな地図では、ズレは気にならない。そもそも精度を期待していないからだ。精密な地図は、ズレを可視化する。そしてズレが見えた瞬間、「自分は正しい場所にいるのか」という不安が生まれる。
知識にも同じ構造がある。
ダニング・クルーガーの谷
認知心理学で知られるダニング・クルーガー効果は、「能力の低い人ほど自分を過大評価する」という文脈で引用されることが多い。でもこの効果にはもう一つの側面がある。
「少し学んだ人」が最も不安になる、という谷だ。
何も知らない段階では、不安はない。問題が見えていないからだ。十分に熟達した段階でも、不安は小さい。問題が見えていて、対処法も持っているからだ。
最も不安が大きいのは、問題が見え始めたが対処法をまだ持っていない段階だ。見えた問題の数だけ不安が増える。
冒頭の大家はまさにこの谷にいた。修繕義務を調べたら契約書の特約が気になり、特約を調べたら消費者契約法との関係が気になり、消費者契約法を調べたら原状回復ガイドラインが気になった。一つ知るたびに、知らないことが三つ見つかる。
「知らなかった方が楽だった」
勉強を始めた大家がよく言う言葉がある。「知らなかった方が楽だった」
2020年4月施行の改正民法で、賃貸借契約に関するルールがいくつか変わった。敷金の定義が明文化され、連帯保証人の極度額設定が義務化された。これを知った大家が「今までの契約書、全部問題があったかもしれない」と青ざめた、という話は珍しくない。
実際には、改正前の契約が直ちに無効になるわけではない。でも「知ってしまった」大家にとっては、「知らなかった10年間」が急に不安の塊に変わる。
知識は問題を「見えるようにする」。でも「解決できるようにする」わけではない。見えた問題が解決可能かどうかは、知識の深さとは別の話だ。表面的な知識は問題の存在だけを教え、解決の道筋は教えない。
国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」は、大家にとって重要な文書だ。でもこのガイドラインを読んだ大家の多くが、「自分の今までのやり方が間違っていたかもしれない」という不安を抱える。ガイドラインは「正解」を示しているが、過去の対応との差分が見えてしまうからだ。
知識の量と判断力の非対称
知識が増えるほど判断力が上がる、という直感は必ずしも正しくない。
判断力は「選択肢が見えること」と「選択肢を選べること」の両方を含む。知識は前者を増やすが、後者は経験と文脈の理解によって育つ。選択肢だけが増えて選べない状態は、選択肢がなかった状態より苦しいことがある。
「エアコン修理は大家負担か」という問いに「壊れたら直す」で答えていた10年間は、選択肢が一つしかなかった。調べた結果、契約内容による、経年劣化か故障かによる、特約の有無による、という複数の選択肢が見えた。でも目の前の具体的なケースでどれを適用すべきかは、法律の条文だけでは判断できない。
精密な地図を手にした旅行者が、大まかな地図を持っていたときより目的地に着けなくなることがある。情報が増えたことで、「どの道を選ぶか」という判断の負荷が上がったからだ。
地図を持たないことと、地図を読めることの間
知らなかった方が楽だった、という感覚は正直なものだ。でも「知らなかった状態」に戻ることはできない。
地図を持たないで歩けた時代は終わった。でも精密な地図を完全に読みこなせる段階にはまだ至っていない。その中間にいることが、最も不安が大きい。
この不安は、知識が「足りない」から生まれているのではない。知識が「中途半端に」あるから生まれている。問題を発見する力はあるが、解決する力がまだ追いついていない。
地図が精密になるほど、迷子が増える。でもそれは地図が悪いのではなく、精密な地図を読む力がまだ育っていないだけだ。迷子になっていること自体が、以前よりは前に進んでいる証拠でもある。