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管理委託の判断

「管理費が高い」と言うオーナーほど、管理費以上のコストを払っている

管理委託コスト自主管理経営

IT業界に「TCO」という概念がある。Total Cost of Ownership、総所有コストだ。

パソコンを1台買うとする。購入価格は15万円。でもTCOはそれだけではない。セットアップの人件費、ソフトウェアのライセンス、故障時の修理費、データのバックアップ、5年後のリプレース費用。これら全てを合算したのがTCOだ。

ITリサーチ大手のガートナーの調査では、ハードウェアの購入価格はTCOの15〜20%に過ぎない。残りの80〜85%は「見えないコスト」だ。購入時には意識されず、使い始めてから発生し、発生したときには「仕方のない出費」として処理される。

この構造は、賃貸管理の委託料にもそのまま当てはまる。


管理委託料5%の「高さ」

月額家賃の5%。10万円の家賃なら月5,000円。10室あれば月5万円。年間60万円。

この数字を見て「高い」と感じるオーナーがいる。感覚的には理解できる。60万円あれば他のことに使える。「自分でもできるのではないか」と思う。家賃の集金、入居者対応、修繕の手配——やることは分かっている。

ここで起きているのは、TCOの氷山の水面上だけを見ている状態だ。

管理委託料の60万円は「見える」。請求書が来るから見える。毎月引き落とされるから見える。見えるコストは、削減の対象として認識されやすい。

一方、管理委託をやめた後に発生するコストは「見えにくい」。発生するまで見えない。発生しても「管理委託をやめたこと」との因果関係が見えない。


見えないコストの目録

あるオーナーが管理委託を解約して自主管理に切り替えた。最初の半年は問題なかった。

7ヶ月目、入居者が家賃を滞納した。電話で催促した。翌月も払われなかった。内容証明を送った。それでも払われなかった。弁護士に相談した。着手金20万円、成功報酬が回収額の15%。

同じ頃、別の部屋の入居者が退去した。原状回復の範囲で揉めた。国交省のガイドラインを調べ、見積もりを取り、入居者と交渉した。結局、修繕費の一部をオーナーが負担した。ここまでに使った時間——約30時間。

退去した部屋の募集を自分でやった。物件写真を撮り、不動産ポータルに掲載し、内見の案内をした。2ヶ月空室が続いた。10万円×2ヶ月=20万円の逸失利益。

年末に給湯器が壊れた。夜10時に入居者から電話が来た。深夜対応できる業者を探し、翌日工事を手配した。緊急対応のため通常料金の1.5倍。割増分が3万円。

1年間の「見えなかったコスト」を合計すると、管理委託料60万円の約3倍になっていた。


予防医療の逆説

公衆衛生経済学に似た構造のデータがある。

予防医療に1ドル投資すると、将来の治療費が3〜5ドル節約できるという研究結果が複数ある。予防接種、定期健診、生活習慣改善プログラム——どれもリターンが明確だ。

にもかかわらず、予防医療の予算は常に削減圧力にさらされる。なぜか。

予防医療のコストは「見える」。今年の予算から出ていく。効果は「見えない」。病気にならなかったことは統計でしか分からない。個人レベルでは「予防したから病気にならなかった」のか「そもそも病気にならなかった」のか区別がつかない。

一方、治療費は「仕方のないコスト」として受け入れられる。病気になったのだから治療するしかない。選択の余地がない出費は、心理的な抵抗が小さい。

予防=管理委託料。治療=自主管理で発生するトラブル対応費。構造が同じだ。

管理委託料は「見える予防コスト」であり、削減の対象になりやすい。トラブル対応費は「見えない治療コスト」であり、発生したときには「仕方のない出費」として処理される。予防をやめたから治療が必要になったとは、認識されにくい。


「自分でもできる」の認知構造

ダニング=クルーガー効果という認知バイアスがある。

ある分野の知識が少ない人ほど、自分の能力を過大評価する傾向がある。知識が増えると逆に自信が下がる。「知らないことの量」が見えるようになるからだ。

賃貸管理の専門知識がないオーナーが「自分でもできる」と感じるのは、管理業務の全体像が見えていないからだ。見えている部分——家賃集金、入居者との連絡、修繕の手配——は確かに自分でもできる。

見えていない部分——法的リスクの回避、適正な原状回復の判断、滞納の初動対応、入居者審査の精度、空室期間の最小化——は「起きてみるまで存在に気づかない」コストだ。

管理委託料を「高い」と感じるのは、見えている業務だけで委託料の対価を評価しているからだ。見えていない業務——つまり問題が起きなかったこと——は対価に含まれていると認識されない。


可視性の削減

管理委託料を削減したオーナーが実際に削減したのは、費用ではない。費用の可視性だ。

管理委託料は毎月の請求書に載る。見える。数字で認識できる。削減対象として扱える。

自主管理で発生するコストは請求書に載らない。自分の時間、ストレス、判断ミスの代償、機会損失——これらは「コスト」として認識されにくい。家計簿の「管理委託料」という行が消えたことで、支出が減ったように見える。

でも実際には、見えない形でより多くのコストを払っている。見える60万円を消して、見えない180万円を引き受けた。数字上は節約。実態は増額。

費用の氷山は、水面上を削っても全体は変わらない。水面上が沈むと、水面下がその分だけ浮き上がってくる。

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